そろそろ喰ってもいい頃だよな?〜出会ったばかりの人に嫁ぐとか有り得ません! 謹んでお断り申し上げます!〜

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last update최신 업데이트 : 2025-08-26
작가:  鷹槻れん완결
언어: Japanese
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「大学を辞めたくないなら、俺の手の中に落ちてこい」  幼い頃から私を見知っていたと言う9歳年上の男が、ある日突然そんな言葉と共に私の生活を一変させた。 ――  母の入院費用捻出のため、せっかく入った大学を中退するしかない、と思っていた村陰 花々里(むらかげ かがり)のもとへ、母のことをよく知っているという御神本 頼綱(みきもと よりつな)が現れて言った。 「大学を辞めたくないなら、俺の手の中に落ちてこい。助けてやる」  なんでも彼は、母が昔勤めていた産婦人科の跡取り息子だという。  学費の援助などの代わりに、彼が出してきた条件は――。 クスッと笑えるラブコメ(全32章) (改稿版 2020/08/14〜2021/08/19)

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1화

1.世の中は世知辛いのです

スイートルームの中はめちゃくちゃだった。

温井海咲は全身の痛みを感じながら目を覚ました。

眉間を押さえつつ起き上がろうとしたとき、隣に横たわる背の高い男が目に入った。

彫りが深く、端正な顔立ちをしていた。

彼はまだぐっすり眠っていて、起きる気配はなかった。

海咲がベッドから身を起こすと、掛け布団が滑り落ち、彼女の白くてセクシーな肩にはいくつかの痕が残っていた。

ベッドを降りると、シーツには血の跡がくっきりと残っていた。

時計を見ると、出勤時間が迫っていたため、床に放り出されていたスーツを手に取り、彼女は慌ただしく身支度を整えた。

ストッキングはすでに破けていたので、それを丸めてゴミ箱に捨て、ヒールを履いた。

そのとき、部屋のドアをノックする音がした。

海咲は身だしなみを整え、凛とした秘書の顔に戻り、バッグを手にして部屋を出た。

入ってきたのは清純そうな若い女性だった。

彼女は海咲に呼ばれた。

それは葉野州平の好みのタイプだった。

「ベッドに横たわって、葉野社長が起きるのを待つだけでいいわ。それ以上は何も話さないで」と、海咲は言った。

そしてベッドの上で眠っている男に一瞬視線を向け、こみ上げてくる悲しみを押し殺し、ルームを後にした。

海咲は、昨夜州平とセックスをしたことを彼に知られたくなかった。

二人は結婚を隠し、三年経てば離婚できるという取り決めをしていた。

その間、二人の関係は一線を越えることは許されなかった。

彼女は州平の専属秘書として七年間、そして妻として三年間、彼の側に仕えてきた。

大学を卒業したその日から、彼女は彼のそばを離れたことがなかった。

しかし、二人の関係は上司と部下に過ぎないと警告されたのも、その日のことだった。

それは決して越えてはならない一線だった。

廊下の窓際に立ち、昨日の出来事を思い返していた彼女の耳に、彼がベッドで彼女を抱きしめながら「美音」と叫んだ声が響く。

胸に鈍い痛みが走った。

淡路美音は、州平の初恋の相手だった。

彼は海咲を美音の代わりとして扱ったのだ。

海咲は彼のことをよく知っていた。彼が彼女とのセックスを本当に望んでいたわけではないことも。

彼女だけが本気だったこの結婚は、もう終わらせる時が来たのだ。

昨夜の出来事を、この三年間の終わりだと思ったほうがいいのだ。

スマホを手に取ると、目に飛び込んできたニュースの見出しに心がざわめいた。「新星歌手・淡路美音、婚約者の為に帰国」

海咲は強くスマホを握りしめ、胸の中で切なさが溢れた。

なぜ州平が昨夜酔っ払っていたのか、そして彼女の腕の中で泣いていたのか、その理由がようやく分かった。

冷たい風に吹かれながら、彼女は苦笑いを浮かべ、スマホをしまい、バッグからタバコを取り出した。

タバコに火をつけ、細長い指で挟むと、白い煙が立ち上り、彼女の寂しげな顔をぼやけさせた。

その時、部下の森有紀が息を切らしながら駆け寄ってきた。「温井さん、葉野社長のスーツが届きました。今お持ちします」

海咲は遠い思いを振り払って有紀に顔を向けた。

「待って」と言いながら彼女を制し、海咲は周囲をさっと見回した。

有紀が足を止めた。「温井さん、他に何かご用でしょうか?」

「社長は青系が嫌いだから、黒系に変えて。ネクタイはチェック柄がいいわ。それから、シワにならないようにアイロンをかけ直して。社長はビニールの音が嫌いだから、透明の袋に入れないで、ハンガーにかけて届けなさい」海咲はまるで州平の専属執事のように、彼の些細な癖まで全て把握しており、これまで一度も間違えたことはなかった。

有紀は驚いた。彼女はここに来て三ヶ月、厳しい社長のご機嫌を伺うだけでも十分に怖いと感じていた。

今日も危うくトラブルに巻き込まれる寸前だった。

「温井さん、ありがとうございます!」有紀はすぐに服を取り替えに急いだ。

その時、スイートルームから怒声が聞こえてきた。「出て行け!」

女性の悲鳴も響いてきた。

間もなく、部屋のドアが開いた。

有紀が涙目で出てきて、しょんぼりとした様子で言った。

「温井さん、社長がお呼びです」

どうやら彼女は州平に酷く叱れたようだった。

海咲は開いたドアの先を見つめ、そして有紀に言った。「大丈夫、あなたは戻っていいわ」

彼女はタバコの吸い殻を灰皿に捨て、ゆっくりとスイートルームに入った。

ドアの前に立つと、部屋は散らかり放題で、州平の周りには物がごちゃごちゃと置かれていた。

例えば壊れたテーブルランプや、画面が割れたスマホが散らかっていた。

彼女が呼んだ女性は恐怖で固まっており、裸のままどこに立っていいのか分からずに怯えていた。

州平は不機嫌そうにベッドに座っていた。その鍛え抜かれた体は長年の運動で形作られたものだと一目で分かる。引き締まった胸と立った腹筋、外腹斜筋が掛け布団の下に見え隠れしていた。

彼は魅力的に見えたが、そのハンサムな顔は暗く沈み、ほとんど怒っているようだった。

海咲は一歩前に進み、倒れたテーブルランプを起こし、水を一杯注いでナイトテーブルに置いた。「社長、お目覚めの時間です。九時半から会議です」

州平は冷たい視線をあの女に向けた。

まるで信じられないようだった。

彼女はその視線に気づきながらも、「もう帰っていい」と女に告げた。

女はほっとした様子で、急いで服を手に取り、一歩も留まることなく部屋を後にした。

それでようやく部屋は静けさを取り戻した。

州平は顔をそらし、再び海咲の方に目を向けた。

海咲はいつものように彼の手に水を渡し、シャツをベッドの端にそっと置いた。「社長、お着替えをどうぞ」

州平の表情は曇り、不快感を隠さずに、冷たい声で言った。「昨夜はどこに行ってたんだ?」

海咲は一瞬戸惑った。まさか、自分が彼を見守っていなかったことが原因で、他の女にチャンスを与えてしまったと責められているのだろうか?美音に対して申し訳ない気持ちになったことを、彼が自分のせいにしているのだろうか?

彼女は冷静に答えた。「社長、酔った勢いでの出来事です。大人なんですから、あまり気にしないでください」

そのそっけない表情は、まるで「私が問題を解決するから、心配しないで」と言わんばかりだった。

だが、州平は彼女を鋭い目で見つめ続け、額の青筋が浮かび上がっていた。「もう一度聞く。昨夜はどこに行ってたんだ?」

海咲は少し緊張しながら、「最近担当している企画が立て込んでいて、ついオフィスで仮眠を取ってしまいました」と答えた。

彼女がそう言い終わると、州平は鼻で軽く笑い、冷ややかな表情を浮かべながらベッドから立ち上がり、体にバスタオルを巻きつけた。

海咲は彼の背中を見つめ、目が潤んできた。

彼はいつも彼女の前で体を隠していた。まるで彼女に見られることが嫌でたまらないかのように。

それは昨夜、美音として彼女を扱っていた時とはまるで違っていた。

気がつくと、州平はシャワーを浴び終え、全身鏡の前に立っていた。

海咲は近づいていき、いつものように彼のシャツのボタンを留め始めた。

彼は背がとても高く、188センチもあった。海咲の身長は168センチだったが、それでも彼にネクタイを結ぶには少し足りなかった。

彼は身をかがめようとはせず、冷淡で傲慢な表情を浮かべていた。まるで、自分が汚れていて美音に申し訳ないと、まだ怒りを抱えているかのようだった。

海咲は仕方なくつま先を伸ばし、ネクタイを彼の首に通した。

彼のネクタイを結ぶことに集中していると、突然、州平の温かい息が彼女の耳にかかり、彼の声がかすれた。「海咲、昨夜の女は君だろう?」

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1.世の中は世知辛いのです
「家賃を払える目処が立たないとなるとねぇ、可哀想だけど出て行ってもらうしかないんだよ。こっちも慈善事業じゃないんでね」 年配の大家さんの溜め息混じりの声を聞きながら、溜め息をつきたいのはこっちだよぅ、なんて思ってるだなんて、言えるわけない。「もちろん私も悪魔じゃない。村陰(むらかげ)さんのお宅の現状だって分かってるつもりだ。だからね、すぐにとは言わないよ。そうだね、1ヶ月猶予をあげよう。だからその間に、ね?」 ね?と言われても私、なんて答えたらいいの? どう答えるのが正解? この春から、念願叶って幼なじみの小町(こまち)ちゃんと一緒に、華の女子大生デビューを果たしたばかり。 今年度の学費に関しては、お母さんから「一括納入してあるから大丈夫。花々里(かがり)ちゃんは勉強に専念して」と言われた。 私が幼い頃に父が他界し、母子家庭で母娘ふたり支え合いながら頑張ってきたうちはそんなに裕福ではないから。 てっきり学費も前期、後期に分割して払うんだと思っていた私は、どこにそんなお金が?って思ったけれど、きっと私の進学のために貯めてくれていたのよね?と自分に言い聞かせた。 だからとりあえずそこまではいいとして――その先はどうなるんだろう。 学費が工面できなければ、進級は諦めないといけなくなるよね、きっと。 そもそも――。 大学云々の前に……私、住むところを心配しなきゃいけないっ。 お母さん! 学費より家賃を残しといて欲しかったです!とか思っちゃうのはワガママですか? そう言えばお母さん、学費の話の後、さらに何かを言いたげに私を見つめてきたけれど、あれは……もしかしてお家賃のことを気にしていたのかな? でもそれにしては少し表情が違ったような? あれはもっとこう、なんていうのかな? そう! 一人娘を嫁に出す父親!――母親だけど――みたいな顔? まさかね! 何にしても呑気にみんなと机を並べて勉学に勤しむ、とかどう考えても無理な気がしてきた。 と言うのも――。 ひと月ちょっと前に唯一の肉親で、我が家の大黒柱だったくだんのお母さんが突然倒れて。 意識こそすぐに回復したものの、頭の手術が必要でしばらくは絶対安静だと言われてしまったから。 しかも倒れた際に腕も骨折してしまって――。 とうぶんは仕事もお休みしないといけなさそう。 本人は「大丈
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2.だから話を聞いて!?①
「村陰(むらかげ)花々里(かがり)、だね?」 1ヶ月以内の立ち退きを言い渡されてしまった古めかしいアパートを見上げて呆然と立ち尽くしていたら、背後からいきなり声をかけられた。 聞き覚えのない若い男性らしき声にフルネームを呼ばれて、条件反射のようにビクッと身体が跳ねる。 だってこのところ、学校やバイト先以外で人から名前を呼ばれても、ろくなことになった覚えがないんだもの。 お母さんが倒れたと病院から電話がかかってきた時もそう。 つい今し方だって、バイトから疲れきって帰ってきた途端ここで大家さんに呼び止められて、退去の打診をされたばかりなのよ。*** 恐る恐る背後を振り返ったら、高そうなスーツに身を包んだ、オールバックの若い男が立っていた。 誰このイケメン。 私の知り合いにこんなハンサムな青年なんていないはず。 ホストか何かの客引き? いや、そもそも私、ホスト遊びなんて出来るゆとりなんてないの、この安普請のアパートを悲壮感たっぷりに見上げてる時点で察して欲しいんだけど? あ、それか……もしかしたら借金取り的な? 最近のヤクザ屋さんはチンピラでございって雰囲気ではないと聞いたことがある。特に上層部は。 お母さん、私が知らないところで何か良くないお金を借りていたりなんてこと……ないよね? 借金のかたに身売りしろ、とか言われても私、男の子とおつきあいしたこともないような干物女子よ? そんなあれやこれやの警戒心が思いっきり顔に出てしまっていたんだと思う。「そんなに警戒しなくても。――俺は御神本(みきもと)頼綱(よりつな)。……縁あってキミのお母さんのことを知っている」 お母さんと知り合いだと言われてもピンとこない。 だって四十路半ばを過ぎたお母さんの知り合いにしては、随分と若く見えるんだもの。 胡散臭いこと極まりないじゃない。「ああ、知り合いと言っても友達というわけじゃないよ? キミのお母さんが20代の頃、うちの父親がやっている産婦人科に勤めていらしてね、その絡みだ」 言われて、私は少し肩の力を抜いた。 お母さんは看護師だから。 病院に勤めていたと言われたら信じるしかない気がしたの。「お母さんが倒れられたとお聞きして、遅ればせながら先日入院先へお見舞いに行かせて頂いたんだ。――それで……キミのことを頼まれてね。俺も、むかし彼女に
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2.だから話を聞いて!?②
「なっ、何とかしますっ!」 その宛てもないくせに売り言葉に買い言葉みたく勢いよく啖呵を切ったら、「悪いがお母さんに頼まれてお引き受けした以上、俺のほうにはキミに断られるという選択肢はないんだよ。今日キミを迎えにくるために散々あちこちに根回しもしたしね。その労力は無駄には出来ん。――よって、花々里(かがり)の意見はオール却下だ」とか。 嘘でしょぉぉぉぉぉ!? どんだけ自分勝手なの! この人!「それに……先日手付金……、おっと失敬。結納金だったか。まぁとにかくそれ代わりにキミの今年度の後期の学費を大学に納入させてもらっているからね。キミに拒否権はないのだよ。――お母さんからその旨連絡はなかったかい?」「……っ!」 ありました! ええ、ありましたとも! 誰から、とかはありませんでしたけれども……まさか貴方さまだったとは! 通りで全納だなんておかしいと思ったんですよ! けど今、御神本(みきもと)さん、絶対「手付金」とか不適切発言なさいましたよね!? い、一体何に手をつけるためのお金なんですかっ!? 思ったけれど藪蛇になりそうだし、聞くのはやめておくことにします。 私だって一応女子大生ですからね。そこまでお馬鹿じゃないのです。 でも……それはそれとして――。 結局これ、どうすればいいの? お金返します! だから見逃して?っておねだりしてみるのが最善策?「し、支払っていただいたお金は少しずつでも……」 お返ししますので!……と、眼前の男の顔を見上げてキリリ!と格好良く言い放とうとしたら――。 ――グゥゥゥゥゥー!!! とかっ! なまじ距離が近いから今の轟音、絶対御神本さんにも聞かれましたよね!? ひぃー。お願い! 今は黙ってて!! 私のお腹の虫! あとで草でもなんでも放り込んであげるから! ぶわりと耳を熱くして、慌ててお腹を押さえてうつむいた私の頭上へ、クスクスと笑い声が降ってきた。 顔を上げなくても分かります。 御神本さん、笑ってらっしゃいます……よね?「とりあえず話の続きは食事でもしながらどうかな? 実は、俺も夕飯まだなんだ」 言われて私、思わず条件反射で顔を上げて、目をキラキラさせてしまった。 ううう。 腹ペコが憎い。「そ、そ、そ……。その手には乗り……」 ――ません! それでも生唾をグッと飲み込んで、何と
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3.なし崩し的にというより飯崩し的に①
世の中には「うなぎ専門店」なんて素敵なものが存在しているのを私、生まれて18年も知らずに過ごしてきました! うなぎって……パック詰めされてスーパーに並んでるんじゃないの? うちでは年に1度か2度、お母さんのお給料日にそれを買って帰って、熱々のどんぶりご飯に載せて「いただきます!」をするのが一大イベントなんだけどな? タレとか添付のじゃ少なくて心許ないから、家でお母さんが追加の追いダレを作ってくれて。 それをたらりと掛けて汁だくにしたら、うなぎ風味の甘辛いご飯がたくさん食べられるのっ♥ あーん、幸せっ!! ってそうじゃなくて! 「お、お、お……」 「お?」 「お重に入ったうな重なんてテレビ番組以外で見たの、私生まれて初めてですっ! あれって撮影用に見栄えよく作られた絵空事の世界じゃなかったんですね!?」 見たこともないような高級そうなお店の個室。 御神本(みきもと)さんと対面で座って、目の前に置かれたお重のふたを開けた感動そのままに勢いこんで言ったら、キョトンとされてしまった。 「逆にうな重が重箱以外で何に入ってるんだ?」 え!? 言われてみれば確かに「うな重」っていうと重箱以外ないですね? じゃあ私がいつも食べているのは――。 「あー、そう、私の知ってるうなぎは“うな丼”です! パック入りのうなぎを買ってきて、どんぶりによそった熱々ご飯の上にのっけるんです。御神本さん、もしかして知らないんですか? うな丼!」 「うな丼……」 と怪訝そうにつぶやく御神本さんを見て、何となく優越感を覚えてしまう。 うな重のことを見たことがなかった自分のことはキッチリ棚上げして、「嘘だぁー。世間知らずにもほどがありますよ!? 美味しいのにぃ〜」と言いながら鼻の穴を膨らませたら、「頼綱(よりつな)と呼べと言ったはずだよ、花々里(かがり)。そんな他人行儀な呼び方は認めん」と、しっかり釘を刺されてしまう。 しかも一生懸命力説した「うな丼」のくだり、完全無視だし。 「で、でもっ」 他人ですしっ! そう言おうと口を開きかけたら――。 「目の前のうなぎが食いたければ従うことだ」 チラリと冷ややかな視線を流されて、私はグッと言葉に詰まる。 こんな美味しそうなビジュアルと匂いを振りまかれて、視覚的にも嗅覚的にも限
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3.なし崩し的にというより飯崩し的に②
 そわそわと眼前のうな重とお吸い物を気にしていたら「これにサインをくれたら、ね? 食事もそれからにしよう」とか。「確認なんですけど……サインだけでいいんですよね?」 サインひとつで目の前の美味しそうなお料理も、まだお目にかかったことすらない櫃まぶしや肝吸いも私のもの? ふふふ。 サインのひとつやふたつ、お安い御用よ? だって日本では署名の横に捺印がないと、どんな書類もあまり効力を発揮しないんでしょう? 私、今日は印鑑持ってないし、いざ捺印を迫られてもない袖は振れないわ。 持たざる者の強みってやつね。 薄茶色のA3サイズが2つ折りにされたと思しき用紙の下部の方を指さされて、同じくスーツのポケットから取り出された高級そうなボールペンを手渡される。 お腹空いたーって思いながらサラサラッと名前を走り書きしたら、書き終えたと同時にギュッと手を握られて――。「なっ、何ですかっ」 言うと同時に親指にヒヤリとした何かを押し当てられて、そのまま名前を書いた横にポン、と。 あ、赤いのついた。 理解の追いつかない頭でぼんやりその書類を眺めたら、署名と赤いの――あ、これ拇印ってやつじゃないの?――が載っかった欄に、小さく「妻」という文字が見えて。 ん? ちょっと待って、ちょっと待って! これってもしかして――。「御神本(みきもと)さん……」 バシッと署名したばかりの用紙を押さえようとしたら、わずかばかり遅かった。さっさと回収されてしまう。「何度も言わせるな。俺のことは頼綱(よりつな)と呼べ」 そそくさとそれを折り畳んで内ポケットに仕舞いながら、「後日証人欄にキミのお母様に署名捺印と同意の旨明記いただこう。証人のあと1人はまぁ何とかなる」とか。「――さぁ、約束通り召し上がれ」 この話はここで終わり、とばかりにさっさと話題を切り替えられて、私は条件反射みたいに「いただきます」をしてうなぎをひと口ぱくり。 ……してる場合じゃなーい! そんなんじゃ誤魔化されないんだからねっ? 一生懸命大好きなうなぎをもぐもぐしながら、御神本さんを睨みつける。睨みつけながらもうひと口パクリ。 あーん、美味しいっ! 美味し過ぎて、やめなきゃって思うのに次々に口に入れちゃうのを止められない。 入れるのやめなきゃ話せないのにっ! モグモグ……ゴクン……。モグモグ…
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3.なし崩し的にというより飯崩し的に③
 そういう諸々をすっ飛ばして婚姻届書かせる人って、絶対おかしい人よね? 感覚ズレてるの、御神本(みきもと)さんの方だよね?「つっ、妻とか何とかっ。わ、私っ、ぷ、プロポーズも受けてませんし、あったとして……それをお受けするだなんて一言も」 乗り気になったのは、うなぎの宴・続「櫃まぶし・肝吸い編」での関わりだけですっ! 色々思いめぐらせつつも、とりあえずそれだけは、と何とか言ったら、「戸籍が変わることがそれほど問題か? うちに養子に入ったと思えばいいだろう」って、本気ですか?「それって物凄く大きなことだと思うんですけど。そ、そもそもっ。ミキ……、ヨ、リツナはそれでいいの? 正直貴方ほどの男性なら、私みたいな小娘なんか相手にしなくても、もっともっと良いご縁があるでしょう?」 言ってて虚しくなってくるけれど事実だから仕方ない。 目の前の彼ならば、きっとどこぞの深窓の令嬢とだって簡単に結婚できてしまえるはずだ。 私よりもっとお金持ちで、親御さんが権力を持ったお嬢さんと一緒になって、その後ろ盾を得ることだって出来るでしょうに。 正直な話、私は下手をしたら負債を抱えたバリバリの「ハズレクジ」だ。 現に――。「私なんか娶ろうとするから……学費なんてものを肩代わりしなきゃいけなくなるし、うなぎだって奢らされてしまうんですっ!」 日本文学科の学生らしく、古めかしい言葉を使ってバシッと決める。ついでにバンッ!とテーブルに手をついて、リアクションもバッチリに前のめりになって力説した!と同時に、ガタッと音がして。 気がつくと御神本さんが私の方へ身を乗り出してきたんだと分かった。 ついでにグイッと伸ばされた手で、服の胸元を掴まれて引き寄せられて、後頭部を押さえつけるようにされて……く、唇をっ――。「っ、んんっ――」 ひゃーっ! ちょっと、待って。 ちょっと待って。 私、今、唇を――塞がれてません!? 彼は私の唇を塞いだまま――そればかりか、わ、割とこう、しつこくないですか!? そのままたっぷり20秒近く。 息つぎ、どうしたらいい系ですかっ。 しゅ、シュノーケル持ってきてくださいっ。 とか思っていたら、ようやく唇を離してもらえて……途端、私はヘナヘナと机の上に突っ伏してしまった。 か、身体に力が入らないっ。 ……多分酸欠でっ。 断じて気持ちよ
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4.気にしてらしたんですかっ!?
うなぎはとっても美味しかったです。 でも最後のキスはいただけなかったです。 「何もそんなに落ち込むことはないだろう」 あのキスの一件以来、無言で黙々と残りのうな重を平らげて、ついでにお吸い物もしっかりお腹におさめた私だったけれど……。 あまりのショックに御神本(みきもと)さんとなんて、とうぶん口きいてやるもんか!と心に誓ったの。 「花々里(かがり)はうなぎ、好物なんだろ? だったらキスがその味でも問題なくないか? ……逆に何でダメなんだ」 そんなことを言ってくる時点で女心が理解できていないと思うの。 いつも女性にちやほやされて、相手を気遣う心を学び損ねてしまったんじゃないの? ちやほやされてる、とかは私の勝手な想像だけどね、考えたら何だかイラッとするわ。 あれもこれもモヤモヤの種に思えてダンマリを決め込んだ私だったけれど……。 ただ、一度だけ。 「お詫びに俺のうなぎも食うか?」って彼のお重を差し出された時だけは無言でうなずいて受け取ったの。 わ、わかってる。 そんなことで懐柔されるとか、乙女としてよくないってことぐらい。 でも……でも……。 まだ食べたかったんだもん! 「近いうちに櫃まぶしや肝吸いも食わせてやるから。――機嫌直せよ、花々里」 案外女性にへそを曲げられた経験がないのかもしれないわね。 うなぎは受け取っておきながら、食べ終わるや否やムスッとして黙り込んだ私のことを、御神本さんが存外気にかけてくれるのが何となく心地いい。 優越感、とでも言うのかしら。 ほら、だって私。ここまで散々この人に振り回されてきたし。少しぐらい仕返ししたってバチは当たらないでしょう? *** レクサスLSの助手席ドアを開けてもらって、無言で乗り込んで。 来た時と違ったのは、彼の手を煩わせることなく自分でちゃんとシートベルトをかけられたこと。 車に乗る機会自体あまりないからよくわからないのだけど、助手席に乗り込む際、男性が扉を開けてくれるのは一般的? 何だかお姫様扱いされてるみたいで落ち着かないとか思ってしまうのは、私が世間知らずだから? 何にしてもこのままアパートに戻るまで私、御神本さんとお話してあげないの。 キスで有耶無耶になってしまった婚姻届の件もあるから、彼とこのまま手が切れ
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5.根回しがお上手ですね①
 結局私、あのあと黄色いパッケージの方――レモン味――の飴も頂いて、いま口に含んでいるところです。 あ、レモン味のときはさすがに唇、死守しましたよ? 口移し、断固拒否! 桃味だけで十分なので!って力説したら、御神本(みきもと)さんってば嬉しそうに「そうか、桃で満足したか」って言って。多分それ、分析間違ってるからね!? コロコロと飴玉を口の中で転がしながら、1日のうちに1度ならず2度までも唇を奪われてしまうなんて!と頭はフル回転。 考えすぎて、腹いせみたいにガリガリと飴玉を噛み砕いてから、もったいないことをしてしまった、と思ったけれど後の祭り。 飴とか食べるの久々だったし、もっと味わいたかったのにっ。 もう1個ずつ欲しいって言ったら、呆れられるかな。でもまだ一袋ずつほぼ丸々残ってるし。 独り占めしたら虫歯になりますよ?って脅したらいけるかな。 そんなことを思っていたら、「着いたぞ」 と言われて。 窓外に視線を転じると、薄暗すぎてよく見えなくて。 フロント側にぽっかり四角く、見慣れない外の景色が見えた。 この閉鎖的な感じ。きっとどこかの屋根付きガレージか何かに入ったに違いないの。 当たり前だけどうちのおんぼろアパートにはそんなのなかったはずよ? だからって、どこか近場の立駐に入ったという感じでもないし。 なにこれ、なにこれ? 私、飴に夢中になってる間にどこに攫われたの!? そうこうしていたら御神本さんに助手席側のドアを開けられて。 恐る恐る外に出て……キョロキョロと辺りを見回していたら、唯一外との繋がりを感じられた入り口開口部の四角く切り取られた景色に、木製の大きな扉がお辞儀するみたいに半回転しながら降りてきた。そのロボットアニメさながらのカクカクしたような、それでいて滑らかさも感じさせるよく分からない動きにビクッとなる。 天井に取り付けられたセンサーライトのおかげで真っ暗にはならなかったけれど、心臓バクバクよ!? とっ、閉じ込められた!? そんな不安にさいなまれながらソワソワしつつ視線を彷徨わせたら、御神本さんが壁面に取り付けられた扉の開閉操作パネルをいじっただけだと分かって少しホッとする。 内側にそういうのがあるって分かっていれば、いざとなったらそこを触って外に出ればいいわけだしね。 い、いじり方は分かんないけど……あ
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5.根回しがお上手ですね②
 うなぎ、という単語で条件反射的にヨダレが出てきちゃうとか……! 私ってばパブロフの犬みたいだなって嫌になる。 うなぎ屋に連れて行かれる前に御神本(みきもと)さんから子犬に例えられて、頭を撫でられまくったのを思い出した私は、何故かドキドキして焦ったの。 わ、私、犬じゃないしっ。こんな意味不明な男をご主人様と定めてときめく……じゃなくてっ! な、懐くなんてあり得ないんだからねっ!?***「――び輪がまだなのが気になってるんなら明日にでも見に行こう」 私の戸惑いを、勝手に妻としての体裁が整っていないことか何かだと勘違いしたらしい御神本さんが、そう言って気遣わしげに頭を撫でてきて。 ふわりと漂う例のいい香りに心臓バクバク。そのくせ口の中にはじわりと生唾が滲んで……ときめきたいの、餌付けされたいの、どっちなの!?と叫びたくなる。 いや、だからこの人、私のご主人様じゃないんだからね、しっかりしなさい、花々里(かがり)! ちょっと美味しいものを立て続けにもらったからってチョロすぎるでしょ!? そのせいで彼を跳ね除ける動作が遅れてしまうとか、情けなさ過ぎる――。「わ、私っ、犬じゃないので首輪は!」 何とかそう言って、彼の手をスパーン!と払い除けたら「ん? 花々里は首輪が欲しいのか?」と、その手を握られて間近で首を傾げられた。 だから要らないって話なんですってばっ!「俺は妻に首輪をつける趣味はないから……そこはネックレスで妥協してもらえると助かる。ネックレスなら指輪を見繕うついでに一緒に買ってやれるしな」 とか。 ちょっと待って、ちょっと待って。 話、聞いて?「なっ、んで。指輪とか首輪とかネックレスとかプレゼントしてくれる話になってるんですかっ?」「――? だから首輪は却下だという話なんだがね? 花々里こそ俺の話を聞いているか?」 ひーん。 なんか話が劇的に噛み合いませんっ!「と、とりあえずっ! 気持ちを落ち着かせるためにさっきの飴、もうひとつずつもらっていいですか?」 腹が立ったので、どさくさに紛れて言ってやったわ。 ふふふふふ。 私、賢いっ! 余談だけど、私、桃味の飴の方が好き! 酸味も少ないし、何より香りがいいもの。 そう思って、口の中がすっかり桃飴気分になっていたんだけど。「すまん。飴はどちらも車に置いてきてしまった
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5.根回しがお上手ですね③
 ご主人様……もとい、御神本(みきもと)さんからのゴーサインに、私は生唾をごくりと飲み込む。 さっきうなぎをたらふく食べたけれど、私、甘いものは別腹なのっ。  わーい! 羊羹(ようかん)!! ツヤッツヤですっごく綺麗っ! 茶器の横、小さなお皿に切り分けられて載せられた、みずみずしいお色の“元祖黒田千年堂”の清水羊羹。 どうやらこれ、島根県の方の銘菓らしい。 御神本さんによると、端っこは砂糖を吹いてて、私がさっき言ったようなジャリジャリした食感が味わえるんだとか。 蘇芳に近い、暗めの小豆色がたまらなく上品で美しいなって思ったの。 けど……さすがにお客さん用だからって、さっきのお婆さんが気を遣ってくださったのかな? 私の割り当て分は端っこじゃなくて……お砂糖ジャリリは味わえそうになくて残念です。 あ。そうだ。 帰りに御神本さんにお願いして、ジャリジャリ感が味わえる端っこ、包んでもらうとかありかな。 そうすれば、入院中のお母さんにも食べさせてあげられるし。 勝手に見知らぬ家に連れて来られたんだもんっ。 そのくらいのワガママ言っても、罰なんて当たらないよね? それにほら。両サイドを落として真ん中を!って言うのより、庶民らしく奥ゆかしくて?言いやすい気がするの。「花々里(かがり)は本当に幸せそうにものを食べるね」 もったいないので黒文字で小さく切った一欠片をみみっちく口に入れる。小豆のいい香りが鼻に抜けて、本当に幸せな気分っ♪ 美味しーい♥ 目をつぶって舌の上に広がる上品な甘みを堪能していたら、不意にそんなことを言われて、思わず口の中の貴重な羊羹をゴクッと飲み込んでしまった。 もぉ! いきなり話しかけないでよぉー! そもそも、目の前の美味しい羊羹の提供者は誰なのか、と言うことも忘れてキッ!と御神本さんを睨みつけたら、クスッと笑われた。「そんなに気に入ったなら俺のもあげよう」 言われて、私は一気に表情が緩む。「ホントですかっ!?」 思わず勢いこんで前のめりになる。そのまま机に手をついて膝立ちしたら、座卓を揺らしてしまった。 その振動で湯呑みに付随していたふたが傾いて、そばの茶器にあたってかちゃりと音を立てた。 その音に私はヒヤリとする。 高そうな器なのに、欠けさせたり割ったりしてしまったら大変だっ。 それに、何より
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